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センターニュース No.63

(発行・2007/2/15)「電話相談を受けて」より転載

被害を理解するために

 顔見知りによる被害を訴えたとき、よく言われることは「ほんとうにイヤならなぜ大声で助けを呼ばなかったのか」、「無理やりなら服のボタンがちぎれるはず。ちぎれてないのはおかしい」、「押さえつけるなどのある程度の有形力の行使は、普通のセックスでもあること」などであり、だから強姦ではないと決めつけられます。
 大声で助けを呼ばないからそれはイヤではなかったのだというこじつけや、ある程度力をかけて押さえつけるのは普通のセックスだという日本の司法の認識には、驚くとしか言いようがありません。こうした認識が保たれる限り、強姦は容認され助長され続けます。

 まず、人が恐怖心にかられたとき、大声を出せるかといえば、それはそう簡単なことではありません。むしろ声も出ないというほうが自然です。また、恐怖心を持つには、派手な暴力や脅迫があるはずだという決めつけも、現実と掛け離れています。女性を怯えさせ、従わせるのに、必ずしも暴力はいりません。怖い顔で一睨みすれば、それだけで恐怖心を起こさせるのに十分です。体格に差があればなお更効果的であり、大抵の場合体格の大きいのは男のほうです。体格の差が力の差に現れることは、レスリングなどの格闘技が対戦相手を細かく体重別に分けているのをみてもわかります。その上、社会的な上下関係などの要素が加わると、抵抗はいっそう抑圧されます。

 一般に、人は驚きや恐怖に支配されたとき、抵抗できないことはよくあります。こうした普通の反応を、強姦被害のときだけ除外して考えるのはおかしなことです。また、なるべく従順に振舞い、加害者に逆らうつもりがないと思わせることで、被害を最小限に食い止めようとすることもあります。抵抗がなければ合意があるというのは、男の都合のいい解釈です。力をかけて押さえつけるのは普通のことという認識も、男が一方的に思い描いているストーリーです。

 強姦は女性の人権を侵害する犯罪です。被害を、男の都合でできたルールの中で判断していては、女性の受けている被害の事実は見えません。偏った認識を点検し、根本から改めなければ、法律が逆に強姦犯を守るという、さかさまな事態が起き続けてしまいます。
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